1月号「文字の再発見」
- tokainobokan
- 2022年1月30日
- 読了時間: 3分
更新日:2022年2月2日
東海のぼかん 「生」
近藤 慶子
謹んで新春のお慶びを申し上げます。
本年もどうぞ宜しくお願いいたします。
人生を100年生きるとしますと、ちょうど半分あたりまで生きてきました。
若い頃は頭の中でしか描けなかった未来も、折り返しを過ぎる今ではなんとなく世の中の流れも見えるようになり、昔「将来はこうしてみたい」「こう在りたい」と夢を描き、夢を持てていたのも、若さの象徴だったのだなとも思えるようになり、これからは「夢を持つ」から、「手応えのある明日を生きる」に替え、生きると言う与えられたテーマと向き合っていきたいと思います。
今月は『生』の文字をのぼかん的に観ていきます。
『生』
のぼかん六つの形分けでは直情の形となり、まずは自分の価値観に忠実でいつでもどこでも変わることなくそのスタイルを貫くところがあると考えます。
次に字の理論で観ていくと、革新の質の「ノ」でその現実の周りの情報より今必要とする内容を選択し、その真ん中あたりより横に「一」を引き「ノ」についての現実的な対応を考え準備し、新たなる情報をも受け止め検証するとし、不必要なものは跳ね返したり流していきます。この真ん中あたりより「|」を垂直に下ろしクロスさせ、先程までの内容について左右のバランスをとり、周りにわかりやすくその意思を定め、その下の部では客観的に取り入れた事柄の両面の意思を確認しその内容を深めていきます。
その後短い「一」でここまでの内容を更に要約しながら、これまでの考え、経験してきた事について、次は活かそうとより反省や考えを深めていく中でバランスを取り、それら全てを下部の長い「一」で閉めて揺るぎない納得のいく想定や結論とし、前向きなエネルギーとして展開していきます。
ですから『生』の文字は、その現実にあって周りにある情報の中より、自分はどう進んでいきたいのかと言う意思を年々に増して持ち、それを実行するにあたり身の回りの情報を受け止め検証しては、確認を繰り返しながらそれを実行表現しては、その中より自分の歩み方が自ずと定まるといえます。そして取り入れた事も常に否定と肯定、反省と慢心などこれまでの経験一つ一つと照らし合わせて確認し整理し、それらを次に生かすように前向きに捉え展開していくとまとめられますね。
つまり生きると言う事は、自分がどう在りたいのかと言うそれ迄の人生観での冷静なる判断、納得という自分の意思がメインにあり、自分主導の意思が持てるかどうかで、その後の生き方に迷いなく向き合っていけるかを問い示してくれる世界といえるのでしょう。
若い頃は年を重ねる事の意味もわからず夢が語れ、両親をはじめとする大人が見守ってくれる環境化にいましたから、家族のため親のため誰かのために生きるという考えが、思考のウエイトを占めていました。やがて自分が親となり守る側となってきますと、誰かのために生きるという姿勢の捉え方がガラリと変わり、自分がまずはしっかり生きる姿を示す事が大事だと感じる様になりました。
まだまだ諸先輩方に見守られる中にいますが、この歳にしてようやく私らしく生きる事の意味がわかるようになって来た気がします。
「いつまでもあると思うな我が時間」
残りの人生、自分らしく歩んで行く為にも自分の内に常に問いながら、待った無し言い訳無しの「私は私」を大事にしていこうと思います。
ありがとうございました。




コメント