2024年1月22日月曜日「20日会を終えて③」♯867
- tokainobokan
- 2024年1月22日
- 読了時間: 2分
皆さまこんばんは。東海のぼかん近藤慶子です。
☀️
午前中の質問の中で
先生のお仕事名
「上 海州」
屋号
「のぼかん」
「上流観名法」
それぞれの名付け由来について教えてください!
という内容がありました。
先生はお父様と気が合わず
「ずっと父のことばかりを
考えて生きてきた、、、」
「父が亡くなってからも
ぶつける相手がいなくなってからも
考えて生きてきた、、、」
とお話し下さり、
さらに
「のぼかんを見出したのは自分だけど
父との軋轢や確執がきっかけで誕生した訳で、
感謝とかは別として、
父の存在を表す文字を用いた、、、」
とも。
このお話しの「軋轢や確執」の内容から
①好き、嫌い
どちらも自分の整理出来ない感情で
それが意識下にあるということは
その人の存在が、
自分の中にあり続けているのですから
同じ立ち位置と捉えました。
好きな人を意識すると
憧れ、近づいてみたい存在と
自分より上にその存在を持っていきます。
同じように
嫌いな人を意識するも
その人の方が自分より上にいる、、、
となりますね。
嫌いと思うだけで
その人の方が自分より上の位置にいるとなる
これは
その人のことを超えられない自分
とも考えられますね。
相手のことを嫌いと思い考えるだけで
その人の下の位置に降りてしまうなら
人を嫌いと思わないほうがいいなと
勉強になりました。
②ぶつける相手が居なくなっても、、、
その人の存在がなくなっても
好き、嫌いの感情に支配される。
親子であっても
その個性は、一人一人違うということを知る
これしか
感情の整理の仕方はないと思います。
名付けについてのお話しの中
「感情」についてを
教えてくださったような時間でした。





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